霊験あらたかです。今回は、梅雨の季節にご縁の不思議さを実感されたという、あじさい様からお聞きした体験談をご紹介いたします。恋愛成就というよりも、人と人とのつながりの深さ、そして見えない糸に導かれるような出来事について、じっくりとお話を伺いました。
あじさい様が私のもとを訪ねてくださったのは、ちょうど紫陽花が美しく咲く時期でした。三十代半ばとおっしゃる彼女は、落ち着いた物腰の中にも、どこか話したくてたまらないといった雰囲気を漂わせていらっしゃいました。
「実は、先月、とても不思議なことがあって。誰かに聞いてもらいたくて、でも周りの友達に話してもピンとこないみたいで。それで、こちらのサイトを見つけて、連絡させていただいたんです」
彼女が体験したのは、今年の六月初旬のことだったそうです。
あじさい様には、大学時代に親しくしていた男性がいました。同じゼミに所属し、卒業論文の準備も一緒に進めた、いわば学友としての関係。ただ、お互いに意識し合っていた部分もあったと、あじさい様は少し照れながら語ってくださいました。
「告白するとか、付き合うとか、そういう関係にはならなかったんです。でも、二人とも、何となく特別な存在だったんだと思います。就職活動の時期も、お互いに励まし合って。卒業する時、彼は地元に戻って就職すると言っていて、私は東京に残ることになって」
卒業後も、最初のうちはメールや電話で連絡を取り合っていたそうです。しかし、社会人生活が忙しくなるにつれ、徐々に連絡の頻度は減っていきました。そして、気がつけば、完全に音信不通になっていたといいます。
「最後に連絡を取ったのが、確か社会人二年目の終わり頃。もう七年も前です。彼の携帯番号は残っていたんですけど、今もその番号を使っているかどうかもわからなくて。SNSも、彼はもともとあまりやらない人だったから」
時が経つにつれ、あじさい様の中でも彼の存在は薄れていったといいます。思い出すことはあっても、連絡を取ろうとまでは思わなかった。それぞれの人生があり、それぞれの道を歩んでいる。そう考えていたそうです。
転機が訪れたのは、今年の六月でした。
「ちょうど仕事でストレスが溜まっていた時期で。人間関係がうまくいかなくて、正直、毎日が辛かったんです。そんな時、たまたま通りかかった神社の紫陽花がとてもきれいで。ふらっと立ち寄ってみたんです」
その神社は、あじさい様の職場から徒歩十分ほどのところにある、こじんまりとした神社でした。普段は参拝客もまばらですが、紫陽花の季節だけは、多くの人が訪れるのだとか。
「境内に、青や紫、ピンクの紫陽花がたくさん咲いていて。梅雨空の下で、しっとりと濡れている花を見ていたら、何だか涙が出てきてしまって。疲れていたんでしょうね」
ベンチに座ってしばらく花を眺めていたあじさい様は、気持ちが少し落ち着いてから、本殿へ向かいました。
「何をお願いしようかと思ったんですけど、仕事のことは考えたくなくて。それで、ふと『大切な人たちと、良い関係でいられますように』って願ったんです。家族のこととか、友達のこととか。そういう人たちとの縁を、これからも大事にできますようにって」
参拝を済ませ、もう一度紫陽花を眺めてから、あじさい様は神社を後にしました。その時刻は、午後二時過ぎだったそうです。
会社に戻ろうと歩いていた時、ポケットの中でスマートフォンが震えました。
「知らない番号だったんです。でも、市外局番を見て、あっと思いました。彼が就職で帰った、地元の市外局番だったから。まさかと思いながら、電話に出ました」
電話の向こうから聞こえてきたのは、確かに彼の声でした。七年ぶりに聞く声は、少し低くなっていたけれど、話し方の癖は変わっていなかったといいます。
「『久しぶり、覚えてる?』って言われて。声が少し震えていて、泣いているみたいだったんです。私も驚きすぎて、何て返事をしたのか覚えていないんですけど」
立ち止まって電話を続けるあじさい様に、彼は信じられないような話を語り始めました。
その日の午前中、彼は地元の神社を訪れていたのだそうです。その神社は、彼が子供の頃からよく参拝していた、思い出の場所。特に用事があったわけではなく、たまたま近くを通りかかって、ふと立ち寄りたくなったのだとか。
「彼が言うには、参拝しながら、いろんなことを考えていたそうなんです。今の仕事のこと、これからのこと、それから、昔お世話になった人たちのこと。そうしたら、急に私のことを思い出したって。大学時代のこととか、一緒に過ごした時間とか、鮮明に思い出されてきて、無性に連絡したくなったって言うんです」
彼は神社を出てすぐ、車の中で古い携帯の番号を探し、あじさい様に電話をかけたそうです。つながるかどうかもわからなかったけれど、とにかく声が聞きたくなったのだと。
「で、電話をかけたのが、ちょうど午後二時頃だったって。私が参拝を終えて、神社を出たタイミングとほぼ同じ時刻なんです」
あじさい様はここで言葉を切り、私の目をじっと見つめました。
「霊験あらたかさん、これって、ただの偶然だと思いますか? 同じ日の、ほぼ同じ時刻に、何百キロも離れた場所で、お互いに神社で手を合わせて、相手のことを思っていたなんて」
電話では、あまりに不思議なタイミングに、二人とも言葉を失ったそうです。そして、彼がぽつりと言った言葉を、あじさい様は忘れられないといいます。
「『何かに呼ばれたみたいだった』って。神社で手を合わせている時、君に会いたい、声が聞きたいって、すごく強く思ったって。それが自分の意思なのか、それとも何か別の力に背中を押されたのか、わからないけれど、とにかく電話せずにはいられなかったって」
あじさい様もまた、参拝の時に「大切な人たちとの縁を大事に」と願ったことを彼に伝えました。すると、彼の声がさらに震えたのだそうです。
「二人とも、泣きながら笑っていました。道端で電話しながら泣いている私を、通行人の人が心配そうに見ていたと思います」
その後、二人は一時間近く電話で話し込みました。この七年間に起きたこと、今の仕事のこと、お互いの近況。話題は尽きなかったといいます。
「電話を切る前に、彼が『今度、東京に行く用事があるから、会えないかな』って言ってくれて。それで、先週末、本当に会ったんです。七年ぶりに」
再会した二人は、駅近くのカフェで、また何時間も話し込んだそうです。恋愛関係に発展するかどうかは、まだわからない。でも、確かに大切な縁が戻ってきた。あじさい様はそう感じているといいます。
「彼も言っていました。『あの日、神社に行かなかったら、君に電話することはなかっただろう』って。そして私も、あの日、紫陽花に惹かれて神社に立ち寄らなければ、彼のことを思い出すこともなかったかもしれない。本当に不思議なんです」
あじさい様の話を伺いながら、私は改めて思いました。霊験とは、必ずしも目に見える形で現れるものではないのだと。二つの祈りが、何百キロも離れた場所で、同じ時に捧げられる。そして、その祈りが一本の電話として結実する。これもまた、神様のはからいなのかもしれません。
「今でも信じられない気持ちと、でも確かに起きたことなんだという実感と、両方あります。ただ一つ言えるのは、あの日、神社に行って良かったということ。そして、ご縁というものの不思議さを、身をもって知ったということです」
あじさい様は今も、時々あの神社を訪れているそうです。紫陽花の季節が終わった今も、感謝の気持ちを伝えるために。
「次はちゃんと二人で、お礼参りに行こうねって、彼と約束しています」
そう言って、あじさい様は柔らかく微笑みました。その笑顔には、確かに幸せな光が宿っていました。

