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Reigen Arataka
霊験研究家。霊験研究所 所長。霊験および霊験あらたかな現象を研究。霊験体験談、神社・聖地・御利益に関する情報をまとめ、私が体験してきた霊験あらたかな出来事や、皆様からいただく様々な霊験あらたかな体験を発信。相談・鑑定も承っています。
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御朱印帳が繋いだ亡き夫との約束 by 花子 様

六十代の女性、花子さんから話を伺ったのは、秋の長雨が続く十月のことだった。彼女は自宅近くの和菓子屋で私を待っていて、テーブルの上には一冊の御朱印帳が置かれていた。表紙は少し擦れて、使い込まれた様子がうかがえる。

花子さんが御朱印集めを始めたのは、夫を亡くしてからだという。

夫の死は突然だった。三年前の春、朝食を食べている最中に倒れ、そのまま意識が戻ることはなかった。心筋梗塞だった。結婚して三十五年、ずっと一緒にいた人が、ある日突然いなくなる。花子さんはしばらく現実を受け入れられなかったという。

「何をするにも力が入らなくて。ご飯も作る気になれませんでした」

葬儀を終え、四十九日の法要も済ませた後、花子さんは夫の遺品整理を始めた。書斎の引き出しを開けると、見慣れない小さな手帳が出てきた。開いてみると、そこには神社やお寺の名前がびっしりと書かれていた。

「行きたい場所リスト」というタイトルがついていた。

夫は生前、特に信心深いわけではなかった。むしろ、そういうことには無関心な人だと思っていた。でも、この手帳には全国各地の神社仏閣の名前が、丁寧な字で記されていた。京都の寺院、出雲大社、伊勢神宮、四国八十八ヶ所の一部。

手帳の最後のページに、こう書かれていた。

「定年したら、花子と二人で回りたい」

その文字を見た瞬間、花子さんは声を上げて泣いたという。夫は定年の一年前に亡くなった。この約束は、永遠に果たされることがなくなってしまった。

しばらくして、花子さんはあることを思いついた。夫の代わりに、自分がこのリストの場所を回ってみよう。そうすれば、夫も一緒に行ったことになるんじゃないか。そんな気持ちだった。

最初に訪れたのは、リストの一番上に書かれていた鎌倉の鶴岡八幡宮だった。平日の午後、観光客もまばらな境内を、花子さんは一人で歩いた。参拝を終えて、ふと御朱印所の前を通りかかった。

「御朱印、いただけますか」

自分でも驚くほど自然に、そう声が出た。それまで御朱印というものに興味を持ったことはなかった。でも、その時は不思議と、いただきたいと思った。

社務所の方が、新しい御朱印帳を勧めてくれた。何種類かある中から、花子さんは紺色の落ち着いた柄のものを選んだ。その場で最初の御朱印を書いていただいた。

墨で書かれた文字と朱印。それは想像以上に美しかった。

「ああ、これを夫に見せたかったな」

花子さんはそう思った。でも同時に、夫もきっと見ているような気がした。そう感じることで、少しだけ心が軽くなった。

それから、花子さんは月に一度のペースで、夫のリストにある場所を訪れるようになった。近場から始めて、徐々に遠くへ。一人旅は初めてだったが、慣れてくると楽しさも感じられるようになった。

半年ほど経った頃、箱根の神社を訪れた時のことだった。

参拝を終えて御朱印をいただいていると、隣で御朱印帳を広げている女性が目に入った。その人の御朱印帳は、花子さんと同じ紺色の柄だった。

「あら、同じですね」

女性が笑顔で話しかけてきた。同年代くらいの、穏やかな雰囲気の人だった。二人は自然と会話を始めた。女性も一人で御朱印巡りをしているという。

「実は私、夫を亡くしてから始めたんです」

女性がそう言った瞬間、花子さんは驚いた。自分も同じだと伝えると、女性は深くうなずいた。二人はそのまま境内のベンチに座り、しばらく話し込んだ。

夫との思い出、一人になった寂しさ、それでも前を向こうとする日々。共通する部分が多く、話は尽きなかった。連絡先を交換し、その後も時々一緒に参拝に行くようになった。

「あの出会いがなかったら、今の私はなかったと思います」

花子さんは御朱印帳を撫でながら言った。その御朱印帳には、すでに五十以上の御朱印が納められていた。

夫のリストにあった場所は、まだ半分も回れていない。でも、焦る必要はない。ゆっくり、一つずつ。そして訪れるたびに、夫に報告する。「今日はここに来たよ」と。

「不思議なんですけどね、神社やお寺に行くと、夫が近くにいる気がするんです」

花子さんの言葉には、迷いがなかった。それは思い込みでも、現実逃避でもない。確かな実感として、そこにあるのだと私には感じられた。

御朱印帳を通じて、花子さんは新しい友人を得た。そして、夫との約束を果たしている。たとえ夫がもうこの世にいなくても、二人の旅は続いているのだ。

「来月は出雲大社に行く予定なんです。夫がずっと行きたがっていた場所で」

花子さんは嬉しそうに話した。その表情には、三年前にはなかった明るさがあった。

悲しみが完全に消えることはないだろう。でも、悲しみと共に生きる方法は見つけられる。花子さんの御朱印巡りは、まさにそのための旅なのだと思った。

別れ際、花子さんは御朱印帳を大切そうにバッグにしまった。「これは夫との絆なんです」と言って。その言葉が、深く心に残った。

御朱印帳は単なる記録ではない。そこには人の想い、祈り、そして見えない繋がりが刻まれている。花子さんの体験は、そのことを教えてくれる。

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